Writer:YUKI
【IoTキット開発裏話】ロケーショニングキット実証実験
東京エレクトロンデバイス(以下TED)では、「ユーザーにとって扱いが容易な事」を共通のコンセプトに、目的や用途に基づいて、デバイスやソフトウエアとMicrosoft Azureサービスをセットにした各種キットを提供しています。
本コラムでは、「Cassia ロケーショニングキット with Azure」開発の中でに最も大変だった実証実験の裏話をご紹介します。みなさまの環境でのご利用を検討いただく際にも参考にしていただければ幸いです。
ネクストステップにおすすめ
2020年1月に正式リリースされた「Cassia ロケーショニングキット with Azure」(以下ロケーショニングキット)の開発では、周囲の環境が通信状況に与える影響を調査するため、様々な環境下で試験を行いました。
まずは、本キットに含まれるデバイスの概要を説明し、実証実験の裏話を紹介していきます。
キットに含まれる内容
- Microsoft Azure
- Cassia ロケーショニングキットとは
- BluetoothとCassiaルーター
Microsoft Azure
マイクロソフト社が展開するクラウドサービスです。企業利用に最適なサービスが幅広く提供されており、IoT向けの各種サービスも数多く用意されています。詳細について知りたい方は「Microsoft Azure とは」をご覧ください。
Cassia ロケーショニングキットとは
Bluetoothビーコンとルーターを組み合わせた、三点測位に基づく屋内測位ソリューション構築キットです。ユーザーにとって扱い易いよう、クラウドサービスとクラウド上で稼働する管理コンソールや測位ツールが同梱されています。工場やオフィスの資産管理(モノ)、介護施設や作業現場での人の見守り(ヒト)、と幅広い分野に応用できます。
Cassia ロケーショニングキット with Azure
BluetoothとCassiaルーター
IoTに用いられる通信方式は多種多様でそれぞれに特徴がありますが、その中でもTEDが注目したのがBluetoothです。スマートフォンをはじめとして、既に幅広く身近な各種デバイスに搭載されており、対応デバイスの種類が豊富で価格も比較的リーズナブルなことが特徴です。バージョン4.0以降では低消費電力の「Bluetooth Low Energy(BLE)」が追加され、またバージョン5.0では転送速度と通信距離の向上がサポートされることにより、製造業をはじめとする企業でも利用されるようになってきました。
Cassia Networks社は、米国シリコンバレーと北京に拠点を持つ、Bluetoothルーター等の製品を独自に開発/生産/販売するITベンチャーです。同社の製品は、米国の空港や中国の教育施設などで既に実用化されています。
「もっとクリティカルな業務用途においてBLEデバイスを活用できるようにする」との考えに基づいて開発されたのがCassia Bluetoothルーター(以下Cassiaルーター)です。Cassiaルーターには、信号処理、ノイズ除去、アンテナなど13件の特許技術が盛り込まれ、従来の一般的なBluetoothルーターではできなかった、長距離通信に優れることが特長になっています。
TEDはこのCassiaルーターと、低消費電力性と通信性に優れるローム製Bluetoothビーコンを組合せ、ロケーショニングキットを開発しました。
測位位置が安定しません
基本仕様に優れるデバイスの組合せは、他のデバイスに比べて高いパフォーマンスを示します。しかしそれらのデバイスをもってしても、通信コンディションはとても敏感であり、周囲からの影響を避けることは出来ません。環境によって通信状態が変動し、そのため測位位置が安定しない問題が見られました。マップ上に正しい位置が表示されていたビーコンが、次の瞬間にはマップからはみ出してしまう様なケースさえも発生してしまいます。調べているうちに、測位空間(部屋)の形状、壁や衝立などの位置やその素材、或いは人の出入りの多さなど、通信状態に影響を与える環境要因が多岐に渡ることが明らかになってきました。
「各デバイスのカタログ値は常時発揮されるものでは無く、そのパフォーマンスは周囲の環境に依存してしまう。そして目的や用途が異なる各ユーザーに対し、本キットが有効に機能するようTEDがサポートするには、TED自身が環境要因の影響を実際に体験・理解しておく必要がある。」この様な考えから、ロケーショニングキットの実証実験が行われることになりました。
イベントホール編:多様で複雑な形状、早々に断念へ
イベントホールなどの障害物が少なく見通しの良い広い屋内空間は、通信環境の観点から考えるととても理想的な環境といえます。もちろん障害物が無いこの様な環境は、実際の利用環境ではほとんどありません。しかし、理想的な環境においてどれくらいのパフォーマンス(位置を計測できるエリアの広さ、数値の正確さ)が得られるのかのデータを理解しておくことは、環境の変化への影響度を計る上で重要な基準点となります。
そこでまず都内の貸ホールの調査から始めました。しかし貸ホールは全て同じ様なフラットの四角形と思っていたものの、よく見ると広さはもちろん、部屋の形状や柱の位置、高低差や階段の有無など、全く同じ条件のホールは存在しません。更にこの実証実験自体が我々にとって手探り状態にあり、どの様な環境が適しているのか、時間はどれほどかかるのか、検証は何回程度が必要なのか等、全く見当がついていませんでした。本キットの製品化はこの時点では未だ決まっておらず、実証実験に充てられるリソースも限られます。このままでは実証実験を行っても有効な検証データを得られないかもしれない、その様な考えに至り別の対象を検討することとなりました。
体育館編:理想的な基準環境、おまけにリーズナブル
次に実証実験先の候補として考えられたのは体育館。よくよく考えれば基本的にフラットで障害物もなく、基準点となる環境としてもより理想的と思われました。多くの体育館は一般の利用者にも開放されており、予約状況にもよりますが長時間の利用も可能です。また利用料金もリーズナブル。いくつかの体育館に問合せを行い、最終的に横浜市平沼記念体育館さんを使わせていただくこととなりました。
かくして当日を迎え、実証実験を率いるK氏と共に少し早めに会場に到着。前の利用枠でハンドボールの部活をする高校生を遠目に見ながら我々の時間を待ちます。
13時00分、いよいよ開始です。
会場の備品である電源ケーブルを引き、Cassiaルーター4台と複数のビーコンをK氏の指示に従って配置。ありがたいことに体育館には一定間隔で規則的なラインが数多く引かれており、デバイスの設置位置の特定が容易で、作業はテンポよく進められました。
いくつかの調整を経て準備が整った後、K氏の指揮により、計測→ビーコンの位置変更→計測を繰り返します。一通り終了すると、今度はルーターの位置を変更し、新ラウンドの計測を開始。これらの作業を繰り返し、データを蓄積していきます。単調ではあるけれども時間を要する作業を重ね、約4時間をかけて当日の実証実験が終了しました。細かいトラブルはあったものの、障害物がほとんどない環境における基準点としての測位データが取得できました。
体育館①:Cassiaルーターの設置
スタンドの上部にルーターを固定し、それを測定面の4隅に設置する。ここでのポイントは電源ケーブルの差込口の位置。建物が広いため、オフィスや家庭の様に便利な場所にあるとは限らない。最も近い差込口からルーターまでを繋ぐ必要がある。通常の電源延長ケーブルでは到底届かないため、30m級の長尺PoEケーブルが大活躍。今後の必須アイテムとなった。
体育館②:ブラウザ上のマップ表記
予め用意していた体育館のマップデータ。キットに同梱されているクラウドツールを用いてマップ上にルーターを設置すると、ビーコンの検出位置も自動的に表示される。
倉庫編:重要な用途モデル ご協力いただいた倉庫会社の方に感謝
体育館で基準環境となる計測データを得た後、実際の利用シーンに近い環境でのデータが必要になります。実際のお客様のご利用される場所に似た環境で計測するためには、そのような環境を所有している方(企業)にお願いして、許諾いただく必要があります。幸いにも会社として普段お世話になっている日通倉庫さんより、倉庫屋内スペースにおける実証実験OKの返事をいただけました。
実証実験当日、手土産を持参して約束いただいた13時00分に訪問しました。
本件の趣旨などの説明をあらためて行った後に、先方の担当者の方に計測フロアをご案内いただきます。その広さ、天井の高さ、そして高く積みあがった棚や保管物の非日常感にはただ圧倒されるばかり。
K氏と私を含めた計3名の小チームでしたが、今回もK氏の指示の元、作業を開始します。今回は体育館と異なり、他人様の仕事の場にお邪魔してのワークになります。ご協力いただいた企業の方の作業の邪魔にならないよう、細心の注意を払って施設内の環境を調査し、ルーターとビーコンの適切な設置位置を定めます。
体育館と異なり、棚や保管物が通信にとって障害物となります。そして、それら障害物の場所はきれいに並んでいるとは限らず、左右が非対象であったりして規則性が無い配置になっています。
またルーターは計測エリアの4隅に配置するのが理想的なのですが、場所の問題に加えて電源ケーブルが届く位置を確保できるか、働いている方の動線にかからない場所は、など検討すべき項目が多くありました。
計測作業は前回の体育館の時と基本的には同じなのですが、かなり広いエリアを利用させていただけたため、いくつかに分割して進めました。
計測を始めて最初に感じたことは「周囲の目が痛い」。この計測は当然先方の許可をいただいての事ですが、先方の従業員全員に話が伝わっているわけでは無い模様でした。多くの従業員の方から、「何者?」「何やってるの?」という声が聞こえてきそうな遠くからの視線が実証実験メンバーに何度も刺さります。確かにフロアのど真ん中に立ち、ただ手を挙げて固まっている姿は気味が悪いでしょう。(ビーコンを手に持ち、高さを変え、感度の変化を計測しています。)ビーコンを周囲に見えるように持ち直して「計測中です」の無言アピールを続けることしばらく、次第に不審者の存在に慣れていただいたのか、痛い視線は無くなっていきました。
約4時間後、計測になると人格が変わるK氏も納得のデータの蓄積ができ、その日の午後いっぱいを使ってクタクタになった検証を無事に終えることが出来ました。
倉庫①:天井を見上げるK氏
理想的なルーターの設置位置は天井。最も広く測位エリアをカバーでき、障害物の影響を受けにくい。とは言え今回の計測ではスタンドで固定する方式のため、高い天井は計測精度にネガティブなインパクトを持つ。実際の計測値の検証は、重要なデータとなる。
建設現場編:劣悪環境に大苦戦 作業後の着替えとスパは必須
最後の実証実験の会場となったのは、都内に建設中だった教育施設でした。とある建設会社さんのご協力をいただけることになり、貴重な計測の機会が得られました。今回はK氏と私、営業スタッフも含めた3~4名の体制で臨みます。
現場に入って感じられたのは、建設中であるが故の環境の過酷さ。やや視界が曇る程度にも舞うホコリと、塗料か接着剤のものであろう周囲に漂う化学物質臭。さらに9月上旬というほぼ夏のままに残っている暑さ。建設中のため施設内に空調や換気設備は整っておらず、ホコリ、臭い、酷暑の環境下から逃げられそうにありません。現場で作業されている方々は、暑さ対応のためなのか何故か全員がノーマスクです。暑さには強いものの、気管支が弱めの私には早くも黄信号が点灯。緊急時に備えて常時携帯しているマスク(コロナ以前から)を着用しようにも、作業される方の心証を悪くしないかと気になってしまいます。やむを得ずマスク無しの決死の覚悟で臨みました。
計測が許されたフロアはL字型の形状であるため、ルーターの配置箇所には工夫が必要になります。また建設途中であるため、所々に作業台や資材、また人が乗って操作する産業機器などが規則性なく配置されている難しい状況です。
そのような中、K氏は綿密に用意した検証作業手順をもとに、現地での状況を加味しながら直ちに計測プランを作成します。そして、ルーター及びビーコンの設置位置に次々と指示を飛ばし始めます。
実証実験メンバーは、移動が多い作業員の方の邪魔にならないよう細心の注意を払いながら、ホコリまみれ、汗まみれになって計測を重ねていきます。
今回の計測目標の一つに、フロア間を跨いだ通信状況の確認がありました。いわゆるフロア違いの計測で、一つ上もしくは下のフロアにあるビーコンの信号を受信した場合に、フロア違いであることを正しく認識し、処理が出来るかとの検証です。
こちらもルーターの受信レベルを適切に設置することによって誤計測を回避できることを確認できました。
実証実験になるとテンションが上がり「条件を変更してもう1回計測しよう」を繰り返すK氏に、「もうお願いだから止めて下さい」とのギブアップ宣言でようやく終了。汗まみれ、ホコリまみれの姿は、電車移動する時に乗車拒否されないか心配になるレベルです。
他のメンバーと違って体が弱い私は体調もすぐれず、終了後は一足先に帰宅の途についたのでした。
この建設ビル内での実証実験は一か月後にもう一度行われたのですが、その際には全員が着替えを持参したことは言うまでもありません。そして終了後は、近くのスパに直行して汗とホコリを流し、労をねぎらい合いました。
建設現場① 散乱する見たこともない機材
ホコリと酷暑以外にも、散乱している障害物が実証実験の妨げとなる。作業員の出入りも多く、ルーターの位置決めも困難に。だが幸いにも電源ケーブルの差込み口は、建設途中であるにもかかわらず確保が出来た。建築機器を作動させるための一時的な電源ケーブルが各フロアに伸びていたため。
まとめ
いかがでしたでしょうか?これらの実証実験を通じて得られたデータは、本キットの開発や、購入されたユーザーへのサポートに活かされています。また同ルーターを組込んだ別のキット開発にも応用されました(中華レストランで行った、冷蔵冷凍機器の温度モニタリング試験などなど)。
みなさまのさまざまな場面でお役に立つ製品となるように丹精込めて開発したキットです。IoTのテスト導入、本導入などのご検討の際には「Cassia ロケーショニングキット with Azure」を思い出していただき、お気軽にお問い合わせください。