Writer:手戸 蒼唯(てど あおい)
「農業xIoT」スマート農業がもたらす可能性と導入ステップについて解説
農業分野ではIoT技術を利用し、生産性の向上や農作業の自動化などを行う「スマート農業」が注目を集めています。農業従事者の高齢化や食料自給率の低下などという観点から、日本国内でもさまざまな実証が行われており、今後もIoT技術の導入によるスマート農業化が進められていくと考えられます。
本記事では、スマート農業におけるIoTとは何か、スマート農業が注目されている背景やIoT導入のメリット、導入のステップ、課題について解説します。
ネクストステップにおすすめ
スマート農業におけるIoT化とは?
IoTとは「Internet of Things」の略で、家電や車、工場の機械などのモノに、センサーをつけることで人を介さず直接インターネットで通信する仕組みのことを言います。
スマート農業におけるIoTとは、ビニールハウス、畑、牛舎など、農業におけるさまざまなモノにIoTセンサーやカメラなどのデバイスを取り付けてインターネットに接続し、農作物の生育状況や土壌の状態、気象条件などのデータをリアルタイムで収集・分析する仕組みのことを指します。
気象条件や土壌の状態など、周辺環境によって収穫量の変動が大きく、安定生産が難しいとされていた農業分野において、IoT技術の導入による生産性の向上や品質の安定化、作業の自動化などが注目されています。
日本における農業の課題とIoT化による解決策
日本の農業は現在さまざまな課題を抱えおり、その解決策として農業のIoT化が注目されています。具体的には、IoTの導入により主に次のような課題の解決が期待されています。
農業従事者の高齢化・後継者不足
農業の持続可能性における大きな課題として、農業従事者の高齢化、後継者不足が挙げられます。
日本の農業従事者の平均年齢は、2023年時点で約68.7歳と近年上昇傾向にあり、全体の約7割の経営体が後継者不足に陥っています。高齢化の要因として、農業従事者の減少、若年層の農業への参入減少などが挙げられます。
出典:農林水産省―農林水産政策研究所「全国各地で農業経営継承の危機が深刻化―7割の経営体が後継者なし―」
また、農作物の育成方法については長年の勘と経験によるものが多く、数値化されていないため、新規就農者にとって再現性が難しいことも課題の1つです。
IoT技術を導入することにより、熟練者のノウハウを数値化し新規参入の障壁を下げることで、後継者不足の解決につながることが期待されます。
収益性の低さとハードな労働環境
農業の生産性は気象条件に大きく左右されるため、不順な天候や自然災害が収穫に直接影響し収益性が安定しません。また、農業機械などの初期投資も必要となる一方で、安価な輸入品との競争激化により、農作物の価格が低く抑えられているため、収益性が低くなる傾向があります。
これらにくわえて、農業は肉体労働が多く、休みも取りにくいことなどが新規就農者を遠ざける要因となっています。
IoT技術の導入により、生産性の向上や作業の自動化を行うことで、これらの課題を解決できる可能性があります。
気候変動による異常気象の増加
気候変動による異常気象の増加が、農業生産に大きな影響を与えています。長期の干ばつや豪雨などが作物の生育に悪影響を及ぼし、収穫量の減少や品質の低下を招いています。
IoT技術を利用することで、作物の成長状態や土壌の水分、気象情報などをリアルタイムで把握し、より精密な農業管理を行うことが可能になります。
IoTを活用したスマート農業のメリット、できること
農業分野においてIoTを活用することで次のようなメリットが得られます。
作業時間の短縮
IoT技術を利用して機械や設備を制御することで、従来人が行っていた空調管理や土壌管理などの作業を一部自動化できます。
例えば供給する水分量や堆肥の量などもデータに基づいて管理できれば、頻繁な現地調査も不要となり、作業時間の短縮につながります。これにより、作業人員の不足を補うことができます。
農作物の品質向上
IoTセンサーを導入し、土壌の水分、pH値、温度など、農作物の成長に影響を与える環境条件をリアルタイムで監視、収集、分析することで、作物にとって最適な環境を構築できます。
また、得られるデータを基に、水や肥料、農薬などの量を最適に調整でき、コスト削減にもつながります。さらに一定の条件で育成できることから農作物の品質向上にもつながります。
労働負担の軽減
農機の自動運転やドローンによる農薬の自動散布を導入することにより、農作業の一部を自動化できます。また、パワーアシストスーツなどを導入することにより、農作業中の腰への負担を軽減するなど農業従事者の労働負担を軽減できます。
また、IoTセンサーで取得した値を元に、バルブなどを遠隔制御することで、現場に行かずともリモートで農場の管理が可能となります。
農作業の軽労化が進めば、農業は労働負担が重くきつい仕事だというイメージが払拭され、新規参入者の障壁も低くなることが期待できます。
農業ノウハウのデータ蓄積
IoT技術の導入により、農作物に関するデータを収集することで、作物に最適な生育条件をノウハウとして蓄積することができます。これにより、従来の農業従事者が長年の勘や経験によって判断していた属人的な要素を減らすことができます。
ノウハウを数値化することで、新規就農者でも同様の生産条件を容易に再現できるようになり、品質の高い農作物の生産が可能となることから、新規就農しやすくなることが予想されます。
スマート農業の今後
スマート農業は国内外問わず、政府主導でさまざまな施作が行われています。
日本が目指す未来の農業
日本政府は、農林水産省の主導で「スマート農業実証プロジェクト」を進行中です。
このプロジェクトは、IoTなどのスマート農業技術を生産現場に導入し、その効果を検証することを目的として2019年からスタートしました。2025年までにほぼすべての農業関係者がデータを活用した農業を実践することを目指しています。
2021年の取り組みでは、「輸出」「新サービス」「スマート商流」「リモート化」「ローカル5G」「地域農業」の6つの分野に焦点が当てられています。
出典:農研機構「スマート農業実証プロジェクト-令和3年度」
このうち「リモート化」の取り組みとして、兵庫県丹波市(代表機関:株式会社マプリィ)の事例をご紹介します。
兵庫県丹波市は、2021年に「丹波地域における有機野菜栽培のリモート化を通じた持続可能な営農モデルの実証」を開始させ、ニンニク、タマネギ、サツマイモなどの有機野菜の栽培における作業の省力化を目指しました。具体的な取り組みと初年度における主な成果は以下のとおりです。
・取り組み①小型ドローンや地理空間情報アプリケーションを活用した栽培管理
成果①カボチャの収穫量が1haあたり286kgから412kgに増加(約44%増)
・取り組み②汎用ロボティクスユニットなどのハードウェアの導入による作業の自動化
成果②除草作業が1haあたり年間15時間から12.5時間に削減(約17%減)、
・取り組み③地理空間情報アプリケーションを活用した地域の地形データの取得・解析
成果③地形データの取得・3D地形図作成などの作業コストが約300万円から約20万円に削減(約96%減)
これらの取り組みにより、全品目の栽培管理総作業時間は1haあたり年間71.8時間から62.0時間に削減(約14%減)されたと報告されています。
出典:農研機構―スマート農業実証プロジェクト「丹波地域における有機野菜栽培の省力化・生産性向上と持続可能な営農モデルの実証」
農業でのIoT活用は世界的に推進されている
IoTと相性のいい大規模栽培が主流のアメリカでは、農業分野でのIoT技術の活用が広く普及しており、これを「AgTech(アグテック)」と呼びます。
特に高解像度カメラや赤外線カメラを搭載したドローンの活用により、農作物への病害虫発生や栄養不足などの早期発見に役立てています。
ほかにも、土壌の湿度状態や作物の水分需要を正確に把握し、灌漑の必要な場所とタイミングを特定するなどといった技術が広く活用されています。
また、ヨーロッパ、特にオランダでは、1980年代に農業の国際競争力を高めるため、スマート農業への転換が始まりました。
オランダの農家では、高度なIoT技術の導入、特に自動制御システムを用いた肥料や給水の管理が一般化され、今では「スマート農業先進国」とも言われています。また、「アグリポートA7」のようなビニールハウスでは、温度や湿度、二酸化炭素濃度をセンサーで管理し、通年で作物を育てる徹底した環境保持が行われています。
大規模栽培の場合は、IoT技術を導入することによって得られるメリットが大きく、初期導入コストを掛けやすいため、今後も大規模栽培におけるIoT技術の活用はアメリカなどの海外主導で行われていくと考えられます。
農業においてIoTを導入する5ステップ
農業でIoTを導入する場合には次の5ステップが必要になります。
(1)IoT導入の目的と計画の設定
IoT導入の第一歩は、目標と計画の設定から始まります。農業においてもまずは、IoTを導入することで達成したい具体的な目標を定めましょう。
例えば、ビニールハウスの温度管理を遠隔で行いたい、堆肥を管理して土壌条件を一定にしたい、収穫作業にかかる体への負担を軽減したいなど具体的な目標を洗い出してみると良いでしょう。
目標を明確にすることで、必要な技術やデバイス、投資額などを計画的に決定できます。
(2)IoTセンサーでデータを収集・蓄積
次にIoTセンサーやカメラ、通信モジュールなどを農地やビニールハウスに設置します。IoTセンサーを活用することで、温度、湿度、光の強さ、土壌のpH値、水分量、作物の生育状況といった農作物に関する情報をデータとして数値化できます。これらのデータを、インターネット回線を通じてクラウドやローカルのサーバーに蓄積することで、どこにいても農地の情報を参照することが可能となります。
栽培する農作物に応じて、データ収集の期間や確認を行うタイミング、アラート設定などを検討します。
(3)データをAIで分析・予測
収集された膨大なデータをAIにより分析を行うことで、データからパターンを読み取り、作物の成長に最適な条件を予測します。
例えば、特定の気温や湿度が作物の成長に好影響を与えるというデータがあれば、AIはそれを予測し、最適な生育環境となるパラメータを割り出すことができます。また、過去の気象条件や作物の収穫データと組み合わせることで、病害虫の発生リスクや収穫量の予測など、農業運営に関する予測を行うこともできます。
(4)AIの分析結果から機械や設備を自動制御
従来は人が行っていた判断をデータに基づきAIに行わせることで、労働負荷を軽減させることが可能です。
具体的には、対象の農作物や生育環境にあわせて以下のようなシステムを構築します。
- 病気や害虫の初期兆候を判別し、農薬を自動散布するシステム
- 適切な収穫時期を判別するシステム
- 稲の生育状況を把握しながら、水量を調整するシステム など
こういったシステムを構築することで農作業の一部を自動化することができ、人的作業の軽減につながります。
システムのメンテナンスと改善
IoTシステムの安定した運用のためには、定期的なメンテナンスが不可欠です。センサーやデバイスの故障、ソフトウェアのアップデート、データのバックアップなど、適切なメンテナンス計画を立て、実行します。
また、導入したIoTシステムの効果を定期的に評価し、問題点や改善の余地を見つけ出すことでよりよいシステムを構築することができます。技術の進歩や農業のニーズの変化に応じて、システムのアップグレードや拡張を行い、さらなる生産性の向上を目指します。
農業がIoTの導入を進めるときの課題
農業にIoTの導入を進める際の課題としては、次のようなものが挙げられます。
導入コストがかかる
IoTを導入する場合、初期費用としてセンサーやデバイス、通信モジュールなどの機器の購入、設置、通信環境の構築、収集したデータを分析・管理するためのソフトウェアやプラットフォームのライセンス費用がかかります。また、ランニングコストとして機器の定期的なメンテナンスや通信費などが必要となります。
成果が出るまでに時間のかかる分野のため、初期費用とランニングコストをいかに抑えるかが非常に重要です。小規模農家の場合は、高額な初期投資に見合う効果を得ることが難しいという課題もあります。
スマート農業に関する知識や技術を持つ人材の不足
IoT技術の導入と運用には、適切なセンサーや通信方式の選定、通信環境の構築方法などスマート農業に関する専門的な知識や技術が必要です。一方、多くの農業従事者にはこれらの新しい技術を理解し、適切に活用するためのスキルが不足しています。
実際に導入したものの活用されないという事態を避けるためにも、既存の従事者を教育・訓練する必要があり、IoTを導入する際の課題となります。
機器間のデータ形式が統一されていない
異なるメーカーから提供される機器間のデータ形式が統一されていない場合、正しくデータを収集することができません。すべての機器を同様のメーカーに統一することは難しいため、機器を選定する際には、それぞれのデータに互換性があるかを注意しながら進めていく必要があります。
IoTの導入を進める場合、これらの課題を考慮する必要があるため、IoT機器の導入実績や導入後のサポートが充実した企業をパートナーとすることが重要となります。
必要かつ無駄のないIoTセンシング技術を導入するなら
農業分野はこれまでデジタル化が遅れていた分野ですが、IoT化やスマート農業のニーズの高まりにより、今後もますます開発が進められていくと予想されます。
スマート農業化を進めていく上で重要なことは、活用できるかが不透明な状態で高額な初期投資を行うのではなく、まずは小さな領域で投資コストを抑えながらスモールスタートさせることです。
これらの課題を解決するサービスとして、東京エレクトロンデバイスがご提供している「IoT INSIGHT CaaS」では月額3,000円からスモールスタートが可能です。基本的には開発なしですぐにお使いいただけるため、スピーディーな導入が実現できます。温湿度センサー、CO2センサー、ガスセンサーなどの接続検証も行われており、スマート農業化の一歩としては最適だと言えます。
また、実際の導入後に開発が必要な場合は、別途専門のエンジニアが対応することも可能です。
農業のIoT化を推進したいがどんなことができるのかわからない、最小限の投資でまずは試してみたいという方はぜひ東京エレクトロンデバイスにご相談ください。